月別: 2017年8月

懐かしい友人から30年ごしに届いた年賀状に涙がこぼれた思い出

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デジタルにはないものがある紙の年賀状。手にとることができることの重さ

年賀状でうれしかったハガキですが年賀状は毎年初めに届く行事のようなものと同時に友達の近況などを知る大切な情報源ともいえますが、近年デジタルの目覚ましい普及によって簡単で面倒臭くない電子メールや携帯電話のショートメールなどを用いて簡便に利用できるようになりました。

しかし、年賀状は特別な存在であると同時に書き手の気持ちや感情を包容するものがあります。

デジタルで書かれたものは新聞に折り込まれるチラシの文面と同じようにインパクトも人の思いも薄っぺらい感触なので「もらって嬉しい」という感情表現とは全く別に近いものがあります。

一年に一度だけというある意味スペシャルな手紙なので多少面倒でもアナログ的に書かれたものは感情や書き手の書いている様子さえ体感出来てしまうものです。

とはいうもののパソコンなどを利用してワープロのように文字を打ち込んで背景画を印刷するという点ではデジタルといっても差し支えがないのは事実ともいえます。

多くのデジタルは紙媒体に印刷するのではなくディスプレイ上に表示するのみになりますので手にハガキをとってしみじみと日頃の感謝などに思いを巡らすことは皆無であると思います。

それがアナログの強みともいえる年賀状ですが、小学生の時のボーイスカウントのキャンプでの記憶なのですが、当時は今ほど社交的に振る舞えず引っ込み思案のとても強い児童だったと思います。

そして指先が不器用で特にヒモを上手に扱うことが出来なかったのをとてもよく覚えていて簡単な蝶々結びしか出来ませんでした。

自分以外のメンバーは5人居て4人は肉体系でがっしりして絶えず動き回ってどちらかというと落ち着きがあまりなかったけどやんちゃだったのを覚えています。

もう一人は口笛がとてもうまく飯盒やテント設営や料理まで英才教育の塊のような感じの子で自分が何かと手こずっていると率先して自分を手助けしてくれるとても頼りになる人ですが大体いつも隅の方で難しい本を開いて読書していました。

彼とは名簿とコーチが名前を点呼する時に互いに覚えて呼びあったと思います。

当時は夕食の後は翌日の支度と点検をしたら寝るだけでしたがトランプや怪談に華を咲かせる程度でしか時間を潰すことはなかったので今のようにデジタル端末はないですしテレビゲームもまだまだ普及していなかったので好きなアイドルやコミックやアニメーションの好きなキャラクタからはじまり将来何になるんだ的な話をするのみでした。

その自分をいつも手助けしてくれる彼は家が色々あってあまりご両親とうまく行っていなくて参考書や教科書を眺めて勉学に勤しみあまり遊びらしい遊びはしていないと聞きました。

キャンプは4日間の行程で三泊を野外実習でテント生活したりする内容で夜は満天の夜空が拝めて今様に煌々とした人工の光に照らされた白っぽい夜空ではなかったのでそんな夜空を眺めながら彼が星座の位置関係と星座のストーリーなどを一つ一つ説明してくれながら時も忘れてちょっぴり夜更かししたりしたのがとても懐かしく思い出されます。

30年経って届いた彼からの年賀状。幼いころの約束が果たされたことに感動

そんな彼とひとつだけ小さな約束をしたようで自分自身はすっかり時の狭間に忘却してきてしまい思い出せずにキャンプが終わってから彼も遠方なので連絡もそんなに気軽に取れないまま30年ほど時が流れました。

ある正月に心当たりのない一通のハガキが郵便局から届きました。

正直なところ間違いではないのかな?と思いつつも心当たりのないそのハガキの裏を読んでいくと忘れてしまっていたキャンプ時代の彼、その人からメッセージでした。

今は射止めた女性と三人のお子さんに囲まれて生活しているそうです。

しかし、なぜ今になってハガキが突然来たのかその理由がすべてを読んで解りました。

別れ際にメモする紙がなくテレホンカードの裏に自分の住所を書いて彼に渡していたのです。

そしてなぜその時に来たのかというとこの夜空は30年後どうなるんだろうね??というようなことを自分が尋ねて彼が今はどう変化するのか分からないけどもし分かったら教えるよ。ということだったそうです。

大人になった今思えば子供のしかも小学生の頃の短いキャンプ生活での友達だったわけで、普通は忘れてしまっても文句もないものですが彼はそれをずっと大人になって今を覚えていたのに凄いなと涙腺が決壊したのを記憶しています。

その時から毎年筆を執っていますが小さな縁だったのに長いときを隔ててこんな出会いを再びしているということに感動しました。

この年賀状がなかったらそれすらも叶わなかったと思わずに入られません。

出来るだけ手間でもアナログな年賀状に心掛けたいと思う出来事でした。

断捨離のつもりで年賀状を処分!でも、捨てられない年賀状もあった

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どうしても捨てられなかったのは、亡くなった親戚からの年賀状だった

最近、年賀の挨拶にはメールやラインを用いる方が増え、年賀状はどんどん流行らなくなっていると聞きます。

私もいつのころからか、新しく知り合った方に年賀の挨拶をするときにはメールで済ませることが多くなり、年賀状は昔からの知り合いや友達、親戚など限られた人にしか書かなくなりました。

年賀状を出さないと、きちんと年賀の挨拶をした気にならない、という人もまだまだいますが、私の周りの人たちはそういうタイプではなく、お互いあっさりとメールやラインで「今年もよろしく」「今度○○に行こうね」などと言い交わしあい、それで済んでいます。

年賀状をあまり書かなくなってから、昔友人や知り合いにもらった年賀状が溜まっているのがとても気になり、いっそ断捨離のつもりで処分しようと試みたことがありました。

いちいち見返すと、友人たちのコメントに見入ってしまいなかなか処分できませんが、「この年賀状は私のところに来て、コメントを読まれた時点でその役割は終わったんだ」と物の本に書いてあったことを思い出しながら、淡々と処分しました。

いざ処分しようとするとその数がなかなか多く、また面白いコメントをしてあるものは気持ちが進まないこともあって、スムーズに行きませんでしたが、それでも去年や一昨年に来た分くらいは残して処分することに成功しました。

しかし、そんな中でも「どうしてもこれは残しておきたい」と思い、処分に至らなかった年賀状があります。

それはなくなった親戚からの年賀状です。

親戚がその年賀状を私にくれた当時、相手は老人ホームに入っていました。

もちろん年賀の挨拶をするためにホームには行っていたものの、それでも毎年年賀状をお互いに送りあうのが通例になっていました。

しかし、相手は手が不自由で、自分の身の回りのことも満足にできない状態だったので、私に出す年賀状は代わりにホームの方に書いてもらっていたのです。

直筆ではないと知りつつも、もう会えない懐かしいその人が私に残してくれた数少ない思い出の品となった年賀状です。

どうしても捨てる気にはなれませんでした。

年賀状に書いてある名前を見ただけで、不思議なものでその人が生きていた当時の声や、顔、仕草などを次々に思い出し、たくさんのいい思い出を残してくれたことを感謝する気持ちになりました。

もはや、こうなるとただの年賀状ではなく、愛惜の念がこもった思い出のはがきですので、これからもずっと手放すことはないと思います。

家族の写真を使って素敵な年賀状を作りたい!友人からの年賀状が理想

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年賀状を出すときに悩むのが使用する写真!できれば家族写真にしたいけど…

主人と結婚した年の年賀状は、二人の結婚式の写真を使用しました。

式はお互いの両親と兄弟だけで行いましたので、親戚などへの結婚の挨拶も兼ねた年賀状になりました。

主人の叔父様や叔母様方の中には、まだお会いしたことがない方、県外に住んでいらっしゃる方もいます。

私自身の親戚でも、もう何年も会ってない方もいましたが、結婚のご報告を兼ねた年賀状を出したところ、皆様ご丁寧にお返事をくださいました。

ここから、たくさんの親戚との年賀状のみのお付き合いが始まります。

私は年賀状のみのお付き合いもあって良いと思います。

お互い、今年も一年無事に過ごしました、というご挨拶をする良い機会だと思うからです。

しかしそこで考えてしまうのが、年賀状に使う写真です。

子供が生まれた時には、誕生のご報告を兼ねて赤ちゃんの写真を使いましたが、年賀状のみのお付き合いの親戚にはやはり、家族写真を使いたいのです。

親戚の中にはもう10年以上も会ってない方もいます。

結婚式のドレスとタキシード姿の、現実離れした写真以来顔を見せていないのですから、子どもの成長とともに自分たちの姿も写った写真を使いたいと思うのです。

しかし、照れ屋で引っ込み思案で小心者の主人は、自分が入った写真を年賀状にするなどとんでもない、無理だと言うのです。

10年以上も会ってない親戚に、子供の成長する姿だけ見せても仕方ないと思うのですが、主人は、大きくなったなと感じてもらえるだけで良いと言います。

私のママ友の一人が、年賀状には毎年家族3人が写ったスナップ写真を使います。

そちらのご主人も割とおとなしい方で、積極的な方ではありません。

初めて年賀状をもらった時には驚いたくらいです。

旅行先や遊園地などでの記念写真もあれば、子供さんを高く抱き上げて顔を見合わせているショットなど、とても素敵な家族の写真にこちらも微笑ましくなります。

ちょくちょく顔を合わせているママ友からの年賀状ですら、親子の写真を嬉しく思うのですから、滅多に会わない親戚などにしてみれば、もっと嬉しいと感じてもらえるのではないかと思うのです。

私は主人に、そのママ友からの年賀状を見せ、子供を囲んだ親子三人の微笑ましい姿と、優しさに包まれた家族の姿が素敵でしょう、もらった方も微笑ましくなるでしょう、と主張します。

しかし主人は、自分には無理、の一点張り。

しまいには「羨ましいだけでしょう」などと言い出しました。

・・そうかもしれません。

私もこんなふうに自分の家族を紹介したい!素敵な親子の姿を見せつけたい!と思っているのかもしれません。

いえ、誰かに見せたいという以前に、私もこんな素敵な年賀状を作りたい、という思いの方が大きいかもしれません。

私にとって年賀状とは、家族で過ごした一年を締めくくる素敵な記念品なのです。