作者別: kkii

エデン太平洋岸北西部公式ー年賀状を安い値段で出す7つのいろは

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結婚前と結婚後の年賀状作りから学ぶ年賀状のこと

《結婚前の年賀状作り》
中学生時代までは両親や兄弟と一緒に年賀葉書にイラストを描いて仲の良い友達に送っていました。イラストを描くのは元々好きだったので割と楽しく作成する事が出来ました。

高校生になってからは携帯電話を持つようになり、年賀状ではなく年賀メールで済ませるようになりました。そうなると葉書の年賀状には手を付けなくなり、イラストも描かなくなりました。
高校を卒業し就職してからは年賀メールの件数も減り、いつしか年賀状に対する概念が“無くても特にこれといって困らない物”になってしまいました。

《結婚後の年賀状作り》

私が葉書の年賀状作りを再開するきっかけになったのは夫との結婚でした。結婚式に来て頂いた方々やお祝いを贈って頂いた方々へ改めて挨拶をすると同時に今後も末永いお付き合いをお願いする意味合いもあり、結婚前に送っていた何倍もの方々に年賀状を送る事になりました。特に親族は何かとお付き合いがあるので新年の挨拶として年賀状をきちんと送っておきたいと思いました。

この頃にはパソコンを使った年賀状作りが主流になっていたので、イラストと写真を組み合わせた絵を1枚描けば後は人数分印刷するだけで済み手軽に綺麗な年賀状が完成しました。宛名は結婚1年目は手書きで書きましたが、2年目以降はWordでテンプレートを作成しExcelで作成した住所リストを反映させて印刷するようにしました。

中学生の頃はパソコンでの量産だと心が込められていないのではと考えていましたが、実際にパソコンで作ってみると案外そうでも無い事がわかりました。絵こそ全員に同じ物を使うので一気に印刷しますが、宛名は1人1人違うので1枚ずつ印刷する事になります。住所リストを参考に印刷をしていると、送る相手の事が頭の中に浮かんできます。楽しい事も辛い事も含めた数多い思い出、そしてこれからも末永くお付き合いしたいという思い…それだけで年賀状を作る価
値があると実感しました。

年賀家族の年賀状の特徴は、写真が最高に引き立つデザインを追及していることです。
オシャレな雑誌の表紙のようなデザインで、自由な中にもセンスがある、他とは違う年賀状を作ることができます。
デザインパターンは7万のバリエーション!
簡単でわかりやすく、みやすい編集画面で、誰でもプロのような仕上がりが体験できます。
最大で20作品まで同時の注文が可能で、1作品1枚でもOK。
友達、仕事関係、家族など人に合わせたデザインを作ることができます。
出典:安い年賀状おすすめランキングオフィシャル

上記のように、年賀状も業者に頼むことによって手間を省き安い値段で出すことができるのです。

こちらから送る年賀状だけでなく相手から送られてくる年賀状が楽しみだという気持ちも、結婚前に比べて結婚後の方が大きくなりました。年賀状を見ていると送り主の方々の近況や幸せが垣間見えてこちらも幸せな気分になってきます。この幸せが永遠に続けばと、そう思えてくるのです。

子供のいる家庭では年賀状に子供の写真を組み込む事が多く我が家も例外ではないのですが、夫は家族全員で撮った写真を組み込んだ年賀状を送りたいと言っているので、今年は家族写真の年賀状を送りたいと思います。

年賀状のメリットベスト5

年賀状、今ではLINEやSNSでの挨拶の方が当たり前になってきた感じですが、日本人にとっては特別なものではないでしょうか。
日本古来からある挨拶の形式である年賀状ですが、年賀状の良さって何でしょう?
アラフォー、子持ち会社員の私の目線で考えてみました。
まず1番にあげられるのは、もらう喜びです。年賀状をもらって嬉しくない、って人はあまりいないのではないでしょうか?
どんな人から届くにせよ、自分宛の年賀状はやはり嬉しいものです。
一言手書きでメッセージが添えてあれば、それは自分に向けた送り手の気持ちがより伝わってくるので喜びも倍増です。

2番目にあげられるのは、普段忙しくてなかなか会えない親戚、友人、知人の近況を知れるツールであること。
私の場合はこれはかなりポイントが高いです。年賀状のやりとりしかしていない友人、結構います。
お互いメッセージに今年こそは会いたいね!と書きながらなかなか会えずじまいの友人の近況を知れるステキなツールなんです。
去年まで独身で実家にいたはずの友人の姓と住所が変わっていたり、赤ちゃんが生まれていたり、嬉しい報告もあります。
それを読んでパワーをもらったりほっこりしたりします。

3番目は毎年オリジナルで凝った年賀状を作っている人から、今年はどんな年賀状が届くんだろう、という楽しみもあります。
高校時代の恩師といまだに年賀状のやりとりをしているのですが、その恩師は国語の先生で、毎年自分で作った短いオリジナルのお話を載せてイラストをつけた年賀状というスタイルを何十年と続けています。
それ以外にも毎年手書きでイラストを描いてくる友人や、達筆な文字で漢字一文字を書いてくる人など、どれも楽しい一枚です。

4番目は、自分が年賀状を出す喜びです。
まず、誰に送るから始まり、どんなデザインにするか、縦書きか横書きか、考え始めます。家族の写真を入れようか、今年はデザイン重視でその年の干支をうまくデザインしたおしゃれな年賀状を毎年目指します。
時間がある時は2パターンのデザインを作ることもあります。
友人向け用とビジネス用に分けたりもできますしね。なかなかこの作業、年の瀬も迫ってバタバタしながらやるのですが、楽しいひとときです。

5番目が忘れちゃいけない、年賀状クジ付きというところ。商品は切手シートから故郷の名産品や旅行券までいろいろ。
私は切手シートしか当たったことがないですけど、毎年当たるかなぁと家族みんなでわくわくしながら確かめます。

年賀状、やっぱり最強ですよね。

懐かしい友人から30年ごしに届いた年賀状に涙がこぼれた思い出

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デジタルにはないものがある紙の年賀状。手にとることができることの重さ

年賀状でうれしかったハガキですが年賀状は毎年初めに届く行事のようなものと同時に友達の近況などを知る大切な情報源ともいえますが、近年デジタルの目覚ましい普及によって簡単で面倒臭くない電子メールや携帯電話のショートメールなどを用いて簡便に利用できるようになりました。

しかし、年賀状は特別な存在であると同時に書き手の気持ちや感情を包容するものがあります。

デジタルで書かれたものは新聞に折り込まれるチラシの文面と同じようにインパクトも人の思いも薄っぺらい感触なので「もらって嬉しい」という感情表現とは全く別に近いものがあります。

一年に一度だけというある意味スペシャルな手紙なので多少面倒でもアナログ的に書かれたものは感情や書き手の書いている様子さえ体感出来てしまうものです。

とはいうもののパソコンなどを利用してワープロのように文字を打ち込んで背景画を印刷するという点ではデジタルといっても差し支えがないのは事実ともいえます。

多くのデジタルは紙媒体に印刷するのではなくディスプレイ上に表示するのみになりますので手にハガキをとってしみじみと日頃の感謝などに思いを巡らすことは皆無であると思います。

それがアナログの強みともいえる年賀状ですが、小学生の時のボーイスカウントのキャンプでの記憶なのですが、当時は今ほど社交的に振る舞えず引っ込み思案のとても強い児童だったと思います。

そして指先が不器用で特にヒモを上手に扱うことが出来なかったのをとてもよく覚えていて簡単な蝶々結びしか出来ませんでした。

自分以外のメンバーは5人居て4人は肉体系でがっしりして絶えず動き回ってどちらかというと落ち着きがあまりなかったけどやんちゃだったのを覚えています。

もう一人は口笛がとてもうまく飯盒やテント設営や料理まで英才教育の塊のような感じの子で自分が何かと手こずっていると率先して自分を手助けしてくれるとても頼りになる人ですが大体いつも隅の方で難しい本を開いて読書していました。

彼とは名簿とコーチが名前を点呼する時に互いに覚えて呼びあったと思います。

当時は夕食の後は翌日の支度と点検をしたら寝るだけでしたがトランプや怪談に華を咲かせる程度でしか時間を潰すことはなかったので今のようにデジタル端末はないですしテレビゲームもまだまだ普及していなかったので好きなアイドルやコミックやアニメーションの好きなキャラクタからはじまり将来何になるんだ的な話をするのみでした。

その自分をいつも手助けしてくれる彼は家が色々あってあまりご両親とうまく行っていなくて参考書や教科書を眺めて勉学に勤しみあまり遊びらしい遊びはしていないと聞きました。

キャンプは4日間の行程で三泊を野外実習でテント生活したりする内容で夜は満天の夜空が拝めて今様に煌々とした人工の光に照らされた白っぽい夜空ではなかったのでそんな夜空を眺めながら彼が星座の位置関係と星座のストーリーなどを一つ一つ説明してくれながら時も忘れてちょっぴり夜更かししたりしたのがとても懐かしく思い出されます。

30年経って届いた彼からの年賀状。幼いころの約束が果たされたことに感動

そんな彼とひとつだけ小さな約束をしたようで自分自身はすっかり時の狭間に忘却してきてしまい思い出せずにキャンプが終わってから彼も遠方なので連絡もそんなに気軽に取れないまま30年ほど時が流れました。

ある正月に心当たりのない一通のハガキが郵便局から届きました。

正直なところ間違いではないのかな?と思いつつも心当たりのないそのハガキの裏を読んでいくと忘れてしまっていたキャンプ時代の彼、その人からメッセージでした。

今は射止めた女性と三人のお子さんに囲まれて生活しているそうです。

しかし、なぜ今になってハガキが突然来たのかその理由がすべてを読んで解りました。

別れ際にメモする紙がなくテレホンカードの裏に自分の住所を書いて彼に渡していたのです。

そしてなぜその時に来たのかというとこの夜空は30年後どうなるんだろうね??というようなことを自分が尋ねて彼が今はどう変化するのか分からないけどもし分かったら教えるよ。ということだったそうです。

大人になった今思えば子供のしかも小学生の頃の短いキャンプ生活での友達だったわけで、普通は忘れてしまっても文句もないものですが彼はそれをずっと大人になって今を覚えていたのに凄いなと涙腺が決壊したのを記憶しています。

その時から毎年筆を執っていますが小さな縁だったのに長いときを隔ててこんな出会いを再びしているということに感動しました。

この年賀状がなかったらそれすらも叶わなかったと思わずに入られません。

出来るだけ手間でもアナログな年賀状に心掛けたいと思う出来事でした。

断捨離のつもりで年賀状を処分!でも、捨てられない年賀状もあった

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どうしても捨てられなかったのは、亡くなった親戚からの年賀状だった

最近、年賀の挨拶にはメールやラインを用いる方が増え、年賀状はどんどん流行らなくなっていると聞きます。

私もいつのころからか、新しく知り合った方に年賀の挨拶をするときにはメールで済ませることが多くなり、年賀状は昔からの知り合いや友達、親戚など限られた人にしか書かなくなりました。

年賀状を出さないと、きちんと年賀の挨拶をした気にならない、という人もまだまだいますが、私の周りの人たちはそういうタイプではなく、お互いあっさりとメールやラインで「今年もよろしく」「今度○○に行こうね」などと言い交わしあい、それで済んでいます。

年賀状をあまり書かなくなってから、昔友人や知り合いにもらった年賀状が溜まっているのがとても気になり、いっそ断捨離のつもりで処分しようと試みたことがありました。

いちいち見返すと、友人たちのコメントに見入ってしまいなかなか処分できませんが、「この年賀状は私のところに来て、コメントを読まれた時点でその役割は終わったんだ」と物の本に書いてあったことを思い出しながら、淡々と処分しました。

いざ処分しようとするとその数がなかなか多く、また面白いコメントをしてあるものは気持ちが進まないこともあって、スムーズに行きませんでしたが、それでも去年や一昨年に来た分くらいは残して処分することに成功しました。

しかし、そんな中でも「どうしてもこれは残しておきたい」と思い、処分に至らなかった年賀状があります。

それはなくなった親戚からの年賀状です。

親戚がその年賀状を私にくれた当時、相手は老人ホームに入っていました。

もちろん年賀の挨拶をするためにホームには行っていたものの、それでも毎年年賀状をお互いに送りあうのが通例になっていました。

しかし、相手は手が不自由で、自分の身の回りのことも満足にできない状態だったので、私に出す年賀状は代わりにホームの方に書いてもらっていたのです。

直筆ではないと知りつつも、もう会えない懐かしいその人が私に残してくれた数少ない思い出の品となった年賀状です。

どうしても捨てる気にはなれませんでした。

年賀状に書いてある名前を見ただけで、不思議なものでその人が生きていた当時の声や、顔、仕草などを次々に思い出し、たくさんのいい思い出を残してくれたことを感謝する気持ちになりました。

もはや、こうなるとただの年賀状ではなく、愛惜の念がこもった思い出のはがきですので、これからもずっと手放すことはないと思います。

家族の写真を使って素敵な年賀状を作りたい!友人からの年賀状が理想

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年賀状を出すときに悩むのが使用する写真!できれば家族写真にしたいけど…

主人と結婚した年の年賀状は、二人の結婚式の写真を使用しました。

式はお互いの両親と兄弟だけで行いましたので、親戚などへの結婚の挨拶も兼ねた年賀状になりました。

主人の叔父様や叔母様方の中には、まだお会いしたことがない方、県外に住んでいらっしゃる方もいます。

私自身の親戚でも、もう何年も会ってない方もいましたが、結婚のご報告を兼ねた年賀状を出したところ、皆様ご丁寧にお返事をくださいました。

ここから、たくさんの親戚との年賀状のみのお付き合いが始まります。

私は年賀状のみのお付き合いもあって良いと思います。

お互い、今年も一年無事に過ごしました、というご挨拶をする良い機会だと思うからです。

しかしそこで考えてしまうのが、年賀状に使う写真です。

子供が生まれた時には、誕生のご報告を兼ねて赤ちゃんの写真を使いましたが、年賀状のみのお付き合いの親戚にはやはり、家族写真を使いたいのです。

親戚の中にはもう10年以上も会ってない方もいます。

結婚式のドレスとタキシード姿の、現実離れした写真以来顔を見せていないのですから、子どもの成長とともに自分たちの姿も写った写真を使いたいと思うのです。

しかし、照れ屋で引っ込み思案で小心者の主人は、自分が入った写真を年賀状にするなどとんでもない、無理だと言うのです。

10年以上も会ってない親戚に、子供の成長する姿だけ見せても仕方ないと思うのですが、主人は、大きくなったなと感じてもらえるだけで良いと言います。

私のママ友の一人が、年賀状には毎年家族3人が写ったスナップ写真を使います。

そちらのご主人も割とおとなしい方で、積極的な方ではありません。

初めて年賀状をもらった時には驚いたくらいです。

旅行先や遊園地などでの記念写真もあれば、子供さんを高く抱き上げて顔を見合わせているショットなど、とても素敵な家族の写真にこちらも微笑ましくなります。

ちょくちょく顔を合わせているママ友からの年賀状ですら、親子の写真を嬉しく思うのですから、滅多に会わない親戚などにしてみれば、もっと嬉しいと感じてもらえるのではないかと思うのです。

私は主人に、そのママ友からの年賀状を見せ、子供を囲んだ親子三人の微笑ましい姿と、優しさに包まれた家族の姿が素敵でしょう、もらった方も微笑ましくなるでしょう、と主張します。

しかし主人は、自分には無理、の一点張り。

しまいには「羨ましいだけでしょう」などと言い出しました。

・・そうかもしれません。

私もこんなふうに自分の家族を紹介したい!素敵な親子の姿を見せつけたい!と思っているのかもしれません。

いえ、誰かに見せたいという以前に、私もこんな素敵な年賀状を作りたい、という思いの方が大きいかもしれません。

私にとって年賀状とは、家族で過ごした一年を締めくくる素敵な記念品なのです。

年賀状のお年玉くじの歴史にはその次代の日本を知る要素が詰まっている

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年賀状のお年玉くじは戦後の日本を明るくしてくれた要素の一つ

今では当たり前になりました年賀状についているお年玉くじですが、このようなお年玉くじがついたのは昭和24年でした。

それより前は、通常の官製はがきを年賀状として使っていただけでした。

少し話はそれますが、戦前の年賀状が図鑑になっています。

これがかなりイケているデザインで、今見ても素敵!と思える物が多く復刻を願う人もいるそうです。

二色刷りの版画タイプが多いのですが確かに何ともレトロでおしゃれなのです。

年賀状は干支をモチーフに作る言わば各自オリジナルのアートですよね。

優れた画は数十年たった今でもやはり素晴らしいのですね。

そして戦争により年賀状という名の心でありアートを送るには難しい情勢に入っていきます。

人々はお正月どころの余裕もなく生きることに必死になります。

年賀状の歴史は日本の歴史なのです。

お年玉くじの始まりの話にもどります。

昭和24年、戦後である当時は「人身売買」事件が起こったり法隆寺が火災にあったりと暗黒の時代でした。

お年玉くじは郵政省の発案かと思いがちですが実は違います。

いつの世にもこうした「きっかけ」を創る人がいるものです。

林正治氏がそれを思い浮かばなければ、また郵政省に持ち込まなければ、そして郵政省が会議で却下していたら、いろいろなタイミングが良い方に重なり生まれた制度なのです。

お年玉くじはハガキに想いを乗せて年賀状を送り、また送られた年賀状のお年玉くじを楽しみに保管して発表を待つ、日本のお正月を明るくしたアイデアであり制度だったと予想できます。

困窮する中でお年玉くじが当たった時の喜びは一家総出で大興奮だったに違いありません。

一枚の年賀状が幸せを運ぶのです。

いや、出された年賀状全て、ハズレも含め全ての年賀状が幸せを運んだということでしょう。

今、ネット上の挨拶やメールやラインが主流になり年賀状を出さない時代になってしまいましたが、お年玉くじに変わる様な国民全体の幸せを考えての新しい制度が出来ると良いなと思います。

日本のお正月の文化を後世に伝えていくのも私達の役割りの1つだと思います。

年賀状に対する私なりのこだわりは、筆で書くことと漢字1文字!

私は、年賀状を書くにあたってこだわっていることが二点あります。

それに関してご紹介していこうと思います。

まず一点目は筆(もしくは筆ペン)で書くということです。

私には、仕事やプライベートでの付き合いの関係上、海外の方に50枚程度年賀状を書いています。

もちろん、その中には海外に赴任している日本人の方も何人かはいるのですが、その9割程度は現地の方、もしくは母国から他国へ移住した方です。

そのような方々に筆で書いた年賀状を送ると非常に喜ばれるのです。

私と交流のある外国人の方々は、ほとんどが日本に親しみを持っているのでいわゆる英語で書いた『New Year’s card』ではなく日本語を用いたれっきとした『年賀状』のほうが特別感があるのでしょうね。

さらに、そこに書かれている文字が実際に書いた毛筆となるとさらにうれしくなるそうです。

それを親しいイギリス人の友人に言われたため、彼には書道セットをプレゼントしたのですが、一向に筆で書かれた年賀状や手紙が送られてこないので、少し悲しいですね……。

今度はめげずに書道の上達に役立つ何かを贈ってみたいと思います!

次に二点目ですが、来年の目標を漢字一文字で表すということです。

小学生の時は、父親にパソコンで年賀状のレイアウトをしてもらい印刷してそれに軽くメッセージを添えるということをしていました。

しかし、それでは味気ない、と思い中学生のころから試行錯誤を始めたのです。

芋版を作ったり、貼り絵でレイアウトしてみたり、版画を試してみたりなどいろいろ試しましたがなぜかしっくりしたものが出来上がりませんでした。

そんな中、高3で受験前ということもあり、年賀状を書く時間が惜しいということで、その時に「とりあえず筆で『合格』とでも書いて送っちゃおう」と思ったのです。

その結果、案外親戚や友人などから面白いという反響を受けました。

それから、裏面には漢字一文字をでかでかと書くというスタイルで行くことにしました。

一枚一枚に同じ文字を書くと前半に書いた文字と後半に書いた文字との出来の差があまりにもひどいため、そこに関する改良は必要ですが……。

ちなみにそれに対する改善策として、前半を親しい友人、後半を目上の方としたところ友人に「手を抜きすぎじゃね?」と言われたことがあります。

今後もこの年賀状のスタイルでやっていきたいと思います。

幸いにも、市の展覧会などで金賞や銀賞を取るような腕前なので字そのものに対するお叱りがないのが救いです。

これが私なりのこだわりです。

もし年賀状のアイデアにお困りであれば真似してみてはいかがでしょうか。

年賀状だけのやり取りでも、疎遠になった方の現況を知れるから嬉しい

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年賀状で感じる相手の思い。年賀状には一言添えるのを推奨したい

年賀状は、虚礼だとして出さないと言う方もおられます。

確かに正月休みが終われば、顔を合わせる会社の同僚などからの年賀状にはそうした側面もあるかも知れません。

また、最近では年賀状ではなく、スマホ等で年賀の挨拶を送って済まされる若者の少なくありません。

しかし、それぞれの人には、ある時期濃厚に付き合ったり、接触する機会があったものの、いつしか疎遠になり、何かの拍子にどうしているだろうかと気になる事も少なくありません。

そんな人から年賀状が送られてきて近況を知る事が出来るのは、非常に嬉しく感じます。

年賀状と言う昔からの習慣が無ければ、改まってハガキを出す機会もなく、完全に関係が切れてしまいます。

しかし年賀状だけでもやり取りしていれば、どこかで繋がりを持てている気がして、何となくほっとする事も少なく無いのです。

最近では、パソコンで自分でデザインを選んで年賀状を作成する事が一般的になっており、その年賀状のデザインを見ると、その人の人柄を感じる事も出来ます。

子供の写真を乗せている年賀状には賛否がありますが、子供の成長を喜んでいるその人の人柄だと思い、目くじらを立てる事もないと思います。

 

年賀状は、その人の近況を知るツールとして楽しみを抱いているものからすれば、最後の2,3行でも自筆でコメントが付けられていると、非常に嬉しく感じるものです。

儀礼的にパソコンで印刷のみを行っているのではなく、相手の事を思い浮かべ、その相手の人に適したコメントを付けてくれている事で、自分の事を意識してくれていると感じられ、嬉しいのです。

また年賀状の作成季節を前に、喪中はがきが届く事もあり、その人の両親が他界されて事を知る事も少なくありません。

こうした場合、そのご両親を知らなくても、もうそんな年齢になったのだと言う事を改めて気付かされることも少なくありません。

仕事が多忙で、中々準備できない方も多いでしょうが、自分の近況を知らせ、相手が元気で頑張っている事を念じて年賀状は送りたいものです。

ネットでフリー素材も沢山アップされており、実際に作成すればそんなに手が掛かるものでもありません。

そして、相手の事を思い起こし、自筆で簡単なコメントを添える事も忘れないで行いたいものです。

たかが年賀状ですが、そこには人間の様々な結びつきと、送る人の人柄が垣間見られるのです。

次年度には、そんな事を考えて年賀状を送りませんか?

疎遠になっていた関係が再び動き出す事もあり、本当に楽しいものだと思いますネ。

毎年作る父の年賀状で大失敗!上下を逆に印刷してしまった!

私は今実家で父親と二人暮らしをしていて、毎年12月に父親の年賀状をデザインしてあげています。

そして印刷も全て私が行っていて、年賀状を作ってあげる代わりに私は父親からお小遣いを貰っています。

いつもだいたい2千円くらい貰っています。

年賀状をデザインして印刷を全て行うというのは結構時間がかかるので、本当は3千円くらい貰いたいところなのですが、父親は家族ですし私は今父親に半分養って貰っている状態なので、そんなわがままも言える立場では無いので年賀状のお手伝いに対しては2千円が妥当なのかな~と思ったりします。

去年も私が父親の年賀状をデザインして印刷をしてあげたのですが、その年賀状の印刷が上と下を間違ってしまいました。

その事を父親に言うと、こんな年賀状では出せないからもう一回やり直してくれ!と言われて、私はスーパーマーケットに行って年賀状を父親が指定した枚数だけ買って、私は家に帰って年賀状をまた1から印刷し直しました。

去年は私は大失敗をしてしまったな~と思っています。

間違って印刷をしてしまった年賀状は、郵便局が行っているお年玉キャンペーンの時まで取っておいて、お年玉が当らないかチェックをしたのですが切手が数枚当っただけで、切手以上の品物は当りませんでした。

そして私は間違って印刷してしまった年賀状を切手と取り替えて貰う為に、近くの郵便局に行って取り替えて貰いました。

間違って印刷してしまった年賀状を切手に取り替えるのに、手数料も少しだけかかりました。

そして私は手数料を切手で支払い、手元には3千5百円くらいの新品の切手が残りました。

そして私はその新品の切手をお金にする為に、家の近くにある質屋さんに行って買い取って貰いました。

半額以下の値段の買取りになってしまい、私はがっくりしてしまいました。

それでもこんなに沢山の切手は手元にいらないので、全て質屋さんで買い取って貰うことにしました。

そして私は1000円ちょっとのお金で食べ物を買って帰りました。

新品の切手の買取り金額があまりにも安いことを父親に言うと、父親も少しがっくりしていたような感じがしました。

私はもう絶対に年賀状を間違って印刷しないようにしようと思いました。

きっと今年も私が父親が出す年賀状をデザインして印刷すると思うので、私はもう年賀状を間違って印刷をしないように、去年の事を踏まえて慎重に年賀状を印刷する機械にセットして印刷をしようかなと思っています。